大判例

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高松高等裁判所 昭和29年(う)766号 判決

昭和二十九年五月十五日午前十一時頃徳島県鳴門市撫養町の鳴門競艇場の予想協会事務所で、これより先土建業福田組(組長福田栄)の繩張りである同県小松島市内のパチンコ店「あおい」に鳴門市の土建業荒川組(組長中村専助)の紋章や名前の入つた暖簾を掛けたのを、福田組の者が福田組の繩張りに暖簾を掛けるのはけしからんと言つたことから、両組の仲は面白くなかつたが、このことで同競艇場に呼び出された福田組々長福田栄(当時四十七才)は荒川組々長中村専助(当時四十五才)及び子分から顔や背を手拳又は椅子で殴られたことがあつたが、福田はその際何等の抵抗をなさず、その後もこのことを隠していた。福田組の子分である被告人は右親分福田栄が荒川組の親分や子分から暴行を受けたことを伝え聞いて、福田栄から受けている恩義に報いるため荒川組々長中村専助を殺害して仇討ちしようと決意し、中村専助は堅気の人々を泣かせているから同人を殺せば鳴門の人々も喜ぶだろうから正義感に合致すると自己弁護するに至つた。被告人は昭和二十九年六月下旬同じく福田組の子分である中尾美明(当時二十三才)と共に鳴門市内で、中村専助を射殺すべく、拳銃を携えて同人を探し求めたが、同人に出くわすことができなかつた。被告人は昭和二十九年七月八日午後三時五十分頃前示鳴門競艇場において中村専助殺害の機会を掴み、その審判台の東側柵附近で立つて第十一レースを見ていた中村専助の右横約一米乃至二米の近くに寄つて同人の後頭部を所携の拳銃で一発狙撃し、同人が倒れるや更にその頭部を狙つて一弾を発射し、両弾を同人に命中させ、同人に(1)後頭部右側より射入し右耳前部に止まれる盲管銃創(その経過中後頭骨底右側を破砕し、之に接せる小脳及び大脳側頭葉下面に挫砕実質内出血等を来している)(2)右腋窩外側より右肩前部を経て右側頸部に射入、左側頸部に射出せる貫通銃創(その経過中第四頸椎体前面を擦過挫砕し、左脊椎動脈を破砕している)の傷害を与えて中村専助を即死させた。被告人は右犯行後右競艇場表出入口を出てその附近市バス待合所辺で警察官に逮捕せられた。

右殺人銃砲刀剣類等所持取締令違反の事実である。

控訴趣意は、原判決は福田栄が中村専助の呼出を受けて電話をかけ情誼を尽して出向いた事実、被告人が遂に殺意を決するに至つた経過、被告人が本件犯行を為すに至つた巳むに巳まれぬ心理状態を判示していない理由不備の判決であると言うのであるが、かゝる点について判示してないからとて理由不備の判決とは言えないのみならず、原審において取り調べた証拠によればこれらに関する詳細な事実を知り得るのである。その他原判決には審理不尽も理由不備も認められない。

本件記録に現れている諸般の情状を考慮するに

本件は文化の進んだ現代において根強く残つているいわゆる義理人情の封建社会である土建業界における仇討ち事件である。白昼大衆環視の中に拳銃を以つて親分の仇敵を撃ち殺したのである。この社会では温情、庇護となれあいの通用する範囲を一つとする閉鎖的集団(組)が存在し、これと結びつきのないその集団以外の者に対しては敵意と疎遠の冷い溝を張り廻らしている。その各集団の結合原理は義理人情である。義理は、その社会で自分のおかれているところに満足し「我なし」の修業や滅私奉公の精神を合理化するための強制的な約束である。そこには「恩」対「忠義」の関係が存在し、顔の威信がものを言い、権力えの絶対服従と自我の否定がある。かゝる社会では他の社会には見られない非人間的な状態が宿命的に生じてくるものと考え、実際には仁義とか、恩義とかの特別な人間関係の存在から起つてくることを、何か超人間的な運命のせいにして、悲壮な感じを強め、罪悪感をうすくさせるようになつている。この場合繩張り争いに巻き込まれて人を殺しても、何となくその者が悪いのではなく、そのような因果に支配されるやくざ渡世の運命がかなしくはかないものとして同情されることになるのである。本件控訴趣意中にもかゝる立場に近い同情論が認められるのである。しかしかゝる立場は人間性を無視した非近代的封建的社会秩序を是認する立場に通ずるものであつて、承認し難い。刑の量定は近代的民主社会の秩序を維持発展する程のものでなければならないのである。

被告人にはいずれも徳島地方裁判所で昭和二十二年四月十七日窃盗罪により懲役一年に、昭和二十三年四月四日強盗罪により懲役八年(未決勾留日数二十日算入)に処せられた前歴あり、その他情状上、被告人に対する無期懲役の刑は量定過重とは認められないのである。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)

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